こんばんわーぐ。わーぐです。
障害者の烙印を押され、嫌われ続けてきた人間の人生を軽く振り返ります。
先に言っておきますがまともな人生じゃありません。
0歳 誕生。3000gを超える大きい子だったらしい。
1歳~2歳 全く喋らない子だったらしい。親曰くこの時点でどこかおかしいなと思ったらしい。
3歳 3才児検診で発達障害の診断を受ける。この頃はADHDやASDの区別はなく「広汎性発達障害」と呼ばれていた。3歳なのに1歳ほどの知能しかなく、いわゆるグレーゾーンというやつでもあったらしい。親はしばらくの間眠ることができなかったらしい。社会性を高めるために保育園に通わせることになったらしいが問題を起こしては親が怒られていたらしい。
4歳 3歳と同じく。保育園を卒園し幼稚園へ
5歳・6歳 幼稚園に入園。この頃から精神科に通い始める。喋る訓練と運動性の向上をはかる訓練だったそうだ。
7歳・8歳 小学校に入学。僕以上の問題児がいたためそこまで目立つことはなかった。
9歳 スポーツ少年団に入団、野球を始める。ここでも親曰くスポーツをさせることは最初は反対だったようで、「お前が入るとチームが壊れる」とのことだった。
10歳 特になし
11歳 体が大きくなり、気に入らないことがあったら暴力で解決するようになっていた。女子や下級生にも容赦なく暴力を振るう危険児となっていた。ちなみにこのことが後々(高校以降)の禍根となったのは別の話。
うーんこの、まともな人生じゃないっすねぇ・・・いつの時代も問題児って感じでした汗
女の子に暴力を平気で振るっていたとかもはややっていることは人間の風上にもおけないですしね。弱い者いじめが好きなジャイアン状態になっていたのかもしれません。
ということでまたお会いしましょう、わーぐでした。
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